プロフィール

オーロラ・シャクティ

Author:オーロラ・シャクティ
オーロラ・エナジー日記にようこそ!
瞑想と家族を愛し、セラピストとして豊かな経験を持つBodhini(ボディーニ)と、その仲間 Jnana(ニャーナ)の日々の出来事です。


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム


こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

7月5日のブログに、私を産んでくれた母、てつ子さんのことを話したでしょ。あのブログの頃、「母は、ここ何日かが山」と主治医から言われていたけど、あれから3週間もガンバったんだよ。

昨日早朝、主治医から「母、危篤」の電話が入り、
取るものもとりあえず病院に駆けつけた。

母は、荒い呼吸をしていた。
まるで、高い山に登っているかのように、
はぁーはぁー、はぁーはぁー…。

でも、私が到着すると、
待っていた、というように、じっと私を見た。
目は「さよならだよ」と言って…。
母は、旅立つ覚悟をしている…。

少しして、母の目は見えなくなった。
看護師さんが、「耳は聞こえるから、話してあげて」と言う。
涙で声がふるえるのを必死で押さえ、声をかける。
「お母さん、大丈夫だからね…
お母さん、生んでくれてありがとう…
大好きだよ。
私、幸せなんだよ…。
……・・・・・・・・・・・」

もうしゃべれないし、体も動かせない。
でも、母は、最後の最後まで必死だ。
「お母さん、痰、吸入してもらう?」
私が聞くと、まばたきを2回返してくる。
「孫のゆうちゃん、来たよ。わかる?」
また、まばたき2回。
返事をしようと……。
あきらめない母。
その姿に感動。
涙がこぼれる。

私は、母のほんのかすかなサインも見逃さない。
母、ガンバレ!!!

体をぬぐ時も、生まれる陣痛の時のように、
すさまじい戦いが始まる。
一呼吸、一呼吸が、
生命との戦いだ。
母は、戦士のようだと思う。

母の絵 (2)


そっとベッドのかたわらで、母の絵を描く。
描いていると、私の心も不思議と静かになり、
母も、こころなしか、安心しているように見える。

「あー、そうだ」
父の看取りのときも、私は父のベッドのそばで、
父の絵を描いていたのを思い出す。
絵には、私を私に引き戻させてくれる力がある。
そして、お別れの覚悟をしっかりさせてくれる働きも。

神さま、母を助けてください。
あまり苦しませないでください。
たくさんの感謝の言葉とともに
心からの祈りを捧げる。

今、私は、まるで出産のときの助産師のようだ。
体をぬぐ手伝いをしている助産師。

愛と感謝を込めて、
全身全霊で…。


みなさんへ
一緒にいてくれてありがとう。
そして、読んでくれてありがとう。
では、またね♡

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

7月15日(日)のこと。
お昼に、主人と食事をしていたら、
ふわふわしたものが部屋の中へ…
なんだろう? たんぽぽのわた毛?

ふわふわ漂って、主人の頭の上へ。
主人はうっとうしがって、追い払う。
でも、追い払う風が逆に作用して、
ジェットコースターのように一気に私の部屋へ着地。

わぁ、きれい!
わた毛が、光にきらきら輝いている…。
そして、ほんの少しの風にのってフワフワ。
白く、ソフトで、まるく、かわいく…。
一瞬一瞬、風に舞い、光り輝く。
こんなすてきなもの、見たことない!!!!
そくざに、一目ぼれ♡

この日は、教育分析プログラムⅡ(ロータス・プログラム)の最中。
3階のオーロラに持っていき、みんなに見せると、
「それは、ケセランパサランっていうんだよ」って
何人かの人が知っていて、教えてくれた。

ケセランパサラン?
おもしろい名前。

さっそくネット検索してみる。
「謎の生物」、「未確認物体」、
「植物性であり、鉱物性であり、動物性」…
「妖力を持ち、持ち主に幸せを呼ぶと言われている」
飼育方法まで書いてある。
なんと、穴の空いた桐箱に入れ、
おしろいの粉を与えるんだそうだ!
さっそく、桐箱におしろい。
その中に大事に収納したよ。

「1年に2回以上みると効力を失う」、
「人に知らせると効力を失う」とも書いてあった。
でも、すっごく気に入って、1日に10回以上眺めてしまう私。
だってさ、かわいいんだもん!
そして、桐箱をあけるたびに、ケセランパサランとお話…。
お話の内容は内緒だよ。

今日は、みんなにも幸せのおすそ分け。
ケセランパサランの写真だよ。
1枚目は、ちょっと元気のないやつ。
2枚目はぴんと張って元気になってきたところだよ。
かわいいやつなんだ。

ケセラン1


ケセラン2


でもね、このケセランパサランはアマゾンで買うことができるんだって。
ネット検索の最後に書いてあったよ。
ちょっとひどいよね。
こんなかわいいやつを売買するとは…。
なんせ、私しゃ、今、ケセランパサランに夢中。
ルンルン…。

今日はここまでね。
それでは、また!

愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

瞑想の先生に「careful family」と4回も言われた私は、
家族サービスまっしぐら!
掃除も、食事も、主人や子どものことも…。

…ただでさえ、オーロラの仕事と瞑想の活動で手いっぱいだったのに、
さらにやることを増やしてフル回転。
…結局、病気になっちゃった…
医者からは、多忙が原因の急性肝炎とのこと。
「GOTとGPTの値が異常に高いですね。
これだと、いつ死んでもおかしくないですよ」

が~~~~~ん、ショック!!!!!
仕事も休めるだけ休み、静養。

1~2カ月して、肝機能は正常に戻り、
再びアメリカに瞑想の先生を訪ねる。

飛行機で空港に着くと、
時差が残る身体で、さっそくプログラムに出席。
あんまり寝ていないので、頭はぼーっ、疲れはピーク。
瞑想の先生の講話は絶対に聞き逃したくないので…。
睡魔との闘いが始まる。
眠気が襲ってくると、手をつねったり、爪を立てたり…。
自分を励まし、無理やり自分を起こし続けた。

すると、瞑想の先生が突然、
「この中に、トライ・ハード・クラブに所属している人がいますね」
と話を変える。
トライ・ハード・クラブ? 何それ?
「トライ・ハード・クラブはね、一人で重荷を背負って、もっともっととやろうとしている人。ガンバって、ガンバって、と自分を叱咤激励して高い目標を掲げている人。自分一人でやろうと無理してしまう人。達成しても決して満足できない人」

先生はジョークを交えて、笑いながら楽しそうに話し続け、
「トライ・ハード・クラブの人は、手を上げて」と言う。
あ…、私のことだ…
今も、手にしっかり青あざや爪のあとが刻まれている…

私はすごすご手を上げ…
周り見渡すと、会場の3分の1の人が手を上げている。
私だけじゃなかった…と安心したものの、
深く反省???

pダルシャン
(絵:秋谷真由美)

少しして、
瞑想の先生とのプライベート・ダルシャンを持つことができた。
すぐに質問する。
「今、何が私にとって必要ですか?」
先生はにっこり笑って、
「家族はどうなの? 前はトラブっていたけど、うまくいった?」と聞く。
「うまくいっています!」と私。

即座に答える。そうよ、うまくやってきたわよ。心の声はそう言い続ける。

少しして……沈黙…
先生から答えが返ってこない?????
あーそうだ! 私自身が答えを出さなくてはならないんだ。
さっそく、私自身の答えをまさぐる。

「もっと家族に奉仕した方がいいんでしょうか? 
まだ足りないのでしょうか?」と私。
…沈黙…

でも、心の声は、「もうこれ以上できない」と思っていた。
急性肝炎になるくらいやったのに、これ以上どうしろというの?

…再び、長い長い沈黙…
あ、そうか! きっと家族のことではないんだ。
急性肝炎になったこともあるし、きっとこれだ!
「自分を大切にすることでしょうか?」と聞く。

…再び、沈黙…今度は、
先生は明らかにけげんそうな顔をして私を見る。
これも違うみたい。心の声が言う。

すると突然、目の前に、自分がたくさんの荷物を背負って歩いているビジョンが浮かび上がった。頭には壺、両肩にも大きな荷物、両手にはたくさんのひもを持ち、その先には何十人もの人がつながり、彼らを引っ張って歩いている…
唖然とした。これが、私の姿!? 
トライ・ハード・クラブのわ・た・し
こんな重荷はもうたくさん! 
すぐさま瞑想の先生に言った。
「私は、たくさんの荷物を背負うのが、どうも好きなようで…。
どうぞ、この重荷を持っていってください。お願いします」

その瞬間、瞑想の先生は大きくうなずき、
「うん」と一言。
それが答えだったようだ。

私の中の何かが取り除かれ、ぽっかりと空間が開いた…
その途端、内側の大いなる自己(セルフ)から
声が聞こえるようになった。
「今、何をしなさい」
「今、これをしなさい」

その声は、その瞬間やることを教えてくれた。
その声に従っていると、すべてが順調で、楽に行動できる。

次の日、
「すぐ、娘に電話しなさい」との声が内側から聞こえてきた。
国際電話のかけ方がわからない私は、
今まで一度も海外から電話したことがなかった。
友人にサポートされて電話すると、娘が、電話口にでて一言。
「お母さん助けて、今、心臓が苦しくて、助けて、てお祈りしていたんだ」
ちょうど先生のところに行く少し前だったので、娘の祈りを瞑想の先生に届けることができた。

今、ここで、この瞬間できることは一つ。
自分の内なる声はそれを教えてくれる。
私の長年の課題だった、オーロラの仕事と瞑想の活動、そして家族のケアは、3つのことをがむしゃらにするのではなく、内なる大いなる自己(セルフ)の1つのメッセージを瞬間瞬間聞いて行けばいいんだと答えをもらった。私の人生にとって、すごく大きな答えだった。

そして、東京に帰っても、この状態は続いたよ。
信頼、安心、満足感に満たされていた。
しかし、内なる声が聞こえる状態は1週間しか続かなかった…(笑)
いつも自分の心をきれいにし続けることの大切さと
むずかしさをあらためて感じたよ。

今日はここまでね。
愛を込めて


こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

1991年3月、いよいよ瞑想の先生がオーロラへ!
私は小1時間ほど、サリーを着て、
1階の玄関で瞑想の先生を待ち続けていた。
ぶつぶつ英語のあいさつを練習しながら…
「Welcome to Aurora. Please upstairs to the 5th Floor…Welcome to Aurora. Please upstairs to the 5th Floor…」

そして、午後8時、瞑想の先生到着。
先生は着いた途端、
「長く待った? 寒くなかった?」といたわりの言葉。
うれしかったけど、予想外の展開に、練習していた英語は…
すっ飛んでしまった。

100人集まった3階での感謝のプログラムの前に、
5階の自宅でおもてなし。
瞑想の先生は、席に着くなり、
「ハズバンドは?」と質問。

実は、主人は自宅でのおもてなしに抵抗を示していて、
その場にはいなかった…
私としては、この機会にぜひ主人にも瞑想の先生に会ってほしい。
これは切なる願い…だから、主人を引っ張ってきた…

5Fおもてなし
(絵:秋谷真由美)

でもね、主人は…
部屋に入ってくるなり、いきなり仁王立ち。
瞑想の先生をにらみつけ、
「妻は、サリーなんか着てちゃらちゃらしているけど、インドでは貧民が食事にも困っている実情を、あなたはどう考えているんですか?」
と詰め寄った。

そして、次から次へと私への悪口が…とまらない。
私がオーロラの仕事や瞑想の活動で忙しくしていることの
不満が一気に爆発。
周りのみんなは、そのすごい勢いに…狼狽…。
私はというと、主人がこんなに不満を持っていたとは知らず、
ただただ驚いて状況を眺めるしかなく…。
しかし、瞑想の先生は…
主人を見つめ、ずっと静かに耳を傾けている…。

そして、何が起こったと思う?

少しして、あんなに仁王立ちして力んでいた主人が、
たこのように力が抜けて、へなへなと女座りをし、
瞑想の先生にペコっと頭を下げて言ったの。
「ようこそいらっしゃいました」

何が起こったのか、全然わからない…
でも、主人の様子は明らかに違っていて…何か偉大なものに触れて、溶かされてしまった…そんな感じだった。

そして、瞑想の先生は自宅を去る時、
私に向かって3回同じ言葉を繰り返した。
「careful family、careful family、careful family」
「家族を大切にしなさい」。
私は…「はい」と答えたものの、どこかでピンときていなかった。
ついさっきまで、家族には問題がないし、
うまくいっていると思っていたから…
きつねにつままれた感じの私。

実際、その席上でも、私が瞑想の先生に聞いたのは、
「ここで、瞑想の集まりをやってもいいですか?」
「オーロラをやっていくのに必要なことは何ですか?」etc
外側のことばかり…
だけど、瞑想の先生の答えは
「これ以上やったら、さらに忙しくなるでしょ?」
「オーロラはうまくいっている、って聞いていますよ」etc
さらっとしたものだった。

その代わり、最後の最後…
オーロラを出て、帰路に着くため車に乗り込もうとしたその瞬間、
瞑想の先生は、再び私の目を見つめ、
「約束してくれますね」という気持ちを込めて、
もう一度、「careful family」って言った…

「careful family」
この言葉は、外側のことに目を向けてばかりいた私の心の中に、
強くストップのメッセージとして残った。
精神科の仕事、オーロラ、瞑想…いつの間にか、私はプロジェクトを立てれば成功するし、いっぱしの女起業家になりつつあった。家族のこともちゃんとやっているつもりだったけど、
もしかしたら、主人や子どもたちは耐えている? …何かが違う?

ここから熟考が始まった。
一体、瞑想の先生は、私にどうしろと言っているのだろう?
家族を大切にするって…?
何を教えようとしているのだろう?

そして、この言葉は、私の人生の折に触れ、時に触れ、
表れてくる熟考のテーマとなった。

瞑想の先生のオーロラ訪問は、文字通り、私自身にとって、
内側に入るための大きなターニング・ポイントとなったんだね。
今日は、ここまでね。

愛を込めて

続きを読む »

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

さてさて、オーロラは大ブレークして、順風満帆。
特に「アートセラピー・インストラクター・コース」は超人気で、
毎回、待機者が出るほどだったんだよ。

そして、オーロラ開設から1年後。
今度は、オーロラとは別に、
インドの瞑想の先生を日本にご招待しよう! 
というプロジェクトを立ち上げた。
東京と大阪、全国規模の壮大な計画だったんだ。
すっごい盛り上がりでね、
1990年10月ご招待のためにインドに行くツアーには、
オーロラからも70人の人が集まったよ。

集合写真GSP

招待状は、全紙大のボール紙8枚をつないで、
中心に、堂々とした富士山の絵。
そして、まわりには、
瞑想の先生に会わせたい人の顔写真をはりつけたよ。
数千枚はあったかな。
「日本に来てほしい」って思いで一つになっていたよ。

招待状

そして、1991年3月。みんなの念願がかなって、瞑想の先生来日! 
私は、このときもう一つ、プロジェクトを立てた。
それは、瞑想の先生にオーロラに来てもらうこと。
オーロラが軌道にのった感謝をするため、そして、プロジェクトに関わったボランティアの人が瞑想の先生と出会える場を提供したかったんだ。

瞑想の先生は、私のオーロラへのご招待に、
直接、「じゃ、明日ね」、と言ってくださった。
うれしかったな。
宙に舞い上がるような気持ちだった…。
しかし、瞑想の先生はめまぐるしいスケジュール。
予定は、変更に次ぐ変更…。
そして、みんなは、翌日、
先生と一緒に富士山にバス2台をチャーターして登る計画で夢中。
てんやわんや…。

そのとき…フト、疑念が湧く…
本当に来てくださるのかしら?

周りの人に聞いてみる。
「ねえ、明日、先生が来るって言っているんだけど、手伝ってくれる?」
すると、思いもかけず、冷たい返事。
「そんな話、聞いていないわよ。そんなことあるわけないじゃない」
「あしたは富士山よ」

えっ!? どうゆうこと?
でも、でも、でも…確かに、「明日」って…
今度は瞑想の先生のお付きの人に聞いてみる。
「そんな話知らない。本当なの?」
まただ……でも、誰か知っている人がいるはず…
次から次へと聞きまくる…「ねえ、明日、オーロラに……」
まるで、放浪者のような私。
しかし、同じ答えが返ってくる…「そんな話、知らない」

なんで、誰も知らないの?
私が違っていた? 私の思い込み?
四面楚歌…まただ、また一人になっちゃった…
どんどん血の気が失せていく…
不安、不安、不安…。

そんな時だった。
心の奥底から、瞑想の先生の
「じゃ、明日ね」という声が再び聞こえてきた。
暖かい声だった。
あの声は真実! あの言葉を信じよう!
もし、誰もそのことを知らないとしても、
誰も準備を手伝ってくれないとしても、
私一人でも、先生をウェルカムしよう、って決めた。

そうだよ! 
私がたくさん瞑想の先生から学んだように、多くの人を瞑想の先生に会わせたい。それによって、みんなも学ぶ機会や環境を持てればすばらしい。その意図に返ればいいんだ。

私一人でも先生をウェルカムしようと決めたとき、エネルギーが湧いてきた。そして、心はもう揺らぐことはなかった。
さあ、やるぞ!!
そしたら、また奇跡が起こった。
一人、二人…自然と手伝ってくれる人が現れはじめた。

翌日、瞑想の先生は、富士山へ。夕方にはオーロラに着くとのこと。
でも、予定はどんどんどんどん遅れていく…
秘書の方からは、何度も何度も確認の電話が入る。
「準備はできていますか?」
ぶっちゃけ、準備なんて全然できていなかったけど、
そのたび、「準備は、すべてパーフェクトです!」と答え続けた。
だって、心は一点のくもりもなく、喜びの爆発状態。
完全にパーフェクト、全開のハートだけだったよ。
あとは、やることをやるだけ…、絶対大丈夫。

その流れの中で、もう一つの変化が心の中に生じていた。
それは…瞑想の先生が来る来ないに執着しなくなっていた。
「瞑想の先生が来てくれるから準備する」、ではなく、
「来ても来なくても私は準備をする」、に変わっていた。
誰かのための準備ではなく、
自分自身が心の中心に不動でいるための準備…

そして、午後8時。
やっと、瞑想の先生がオーロラに到着。
そのときには、参加者は外国人も含め100人を越えていた。
そして、先生をお迎えして、感謝の一時を過ごすことができたんだよ。

オーロラG
(絵:秋谷真由美)

今日はここまでね。
みんなは、この話から何を受け取るかな?
また、シェアを聞かせてね。

それでは、また!
愛を込めて

           加藤GSP
           (絵:秋谷真由美)


追伸:参考までに、私が考えるプロジェクト成功の秘訣は次の通り。

1.意図を持つ。
2.他者ではなく、
  自分自身の大いなる自己(Self)のメッセージを大切にする。
3.一人で立つ。そこから、不動で揺るがないこと。
4.最大限、やるべきことをやる
5.大いなる自己(Self)の状態と一緒にいる。パーフェクトで居続ける。
6.結果は後からついてくる。(結果への執着は消えている)

自分が、自分のやるべきことを果たしているとき、エネルギーの流れが見えてくるよ。それに乗ればいいんだよ。するとね、あらゆるものが味方してくれるよ。小さな自己の枠の中でだけ完結しようとするのではなく、大きな流れに乗るんだよ。
こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

前に、私を産んでくれた母のことを話したけど、覚えているかな?
たもとを振り払われて、私を受け止めてくれなかった母…

その母は今、95才で、心臓病と肝臓病を併発し、入院している。
手足は2倍くらいにむくんで、顔は黄疸のため黄色くなっている。
つい何日か前、1リットルの下血をして、
主治医から、この何日かが山だって言われた…。

それで、昨日、母のところに行ってきた。
母の意識はもうろうとしていて、
私の呼びかけに、「はい、はい」って答えるものの、
疲れ切ったように、すぐ、うとうとと眠りに入ってしまう…

てつこ

まるで、消え入りそう…
私は、引き戻したくて、何度も何度も声をかける…
すると、そのたび、「はい、はい」って…

食事の時間になっても同じ…
うとうととして、自分では食べる気配なし…
私は、一口でも多く食べてほしくて、必死で話しかける…

小さいとき、家族で銀ブラをしていたときのこと…
一緒に行ったお店のこと…
「立田野、若松、覚えている? よく行ったよね。
あんみつ食べたよね」って言うと、
「はい、はい」
「スエヒロでビフテキ食べてさ…覚えている?」
「はい、はい」
「西五番街、並木通りも覚えている? 
あそこもいつも、銀ブラのコースだよね」
「はい、はい」

すーっ…また、母の意識が遠くなる…
あ、だめだめ。眠っちゃう。
そうだ、母は人の面倒見がよかったんだ。
「お母さん! A子ちゃん、今離婚しそうなんだよ。大変なんだよ」
…しなくていい話までする。
すると、パッと目を覚ます…
すかさず一口、流動食を口の中に入れる…
「しっかり、ごっくんして。…カミカミするんだよ」

何とか、眠らせたくない…
もう一口、もう一口…

…私…母に対しては、もう少しクールでいられると思ったのに…
やっぱり、こんな必死になっている。
そして、涙が出てくる…
別れが近い…、と思う。

でも、思い起こせば、母はいつも私をバックアップしてくれた。
第2回の教育分析プログラムは5人だけ、って書いたけど、
このうちの一人は母だったんだ。

そして、今でも覚えている…
教育分析プログラムが終わった直後、私は母に言ったんだ。
「産んでくれてありがとう」
本当にそう思った…
そして、母も、「おまえが、私の娘であることを誇りに思うよ」って。

母の名前は、「てつ子」
名前のように強くて、やり手の女性だった。
でも、自分では「鉄子」ととられるのを嫌って、「てつ子」と署名していた。
次の絵は、数年前、母が私にプレゼントしてくれた絵。

母の絵

裏書き


さくら貝でできた桜の花びら…
私ね、今、思うんだ。
母は、鉄のような外見の内側に、このさくら貝のように、
やわらかく淡い桃色のハートを、
童女のようなハートを秘めていたんじゃないかって…。
そして、母もまた、
この部分を受け止めてもらいたかったんだろうって…。

そう思ったら、また、泣けてきちゃった…
こんなに泣くつもりないのにね。
肉親の母を失う、ただの娘としての涙。

てつ子ちゃん、大好きだよ。
そして、たくさんたくさん、ありがとうね。

…今日は、もうやめるね。
またね…

愛を込めて


こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

オーロラは、いよいよ9月からプログラム開始。
第1回めの教育分析プログラム1の受講生は15人でスタート。
しかし、2回めは5人、3回目は3人…
ついに、受講生1人にアシスタント5人の状態に…。

つまり、人が集まらなかったんだよ。
お金も底をつき、スタッフも…。
ボランタリーで手伝ってくれていた人も去り…
私、一人、取り残された…

いつも人の声が響いていたホールは、
ひっそり、し~んとしている…
誰もいなくなっちゃった…

もう、誰も頼れない…

一人になったとき、初めてだよ。
「オーロラをつぶさない」という気持ちが
心の奥底から湧いてきた。
やれることやろう!
夜中から…そして、白々夜が明け朝になるまで徹夜で、
一人で苦手なワープロを使い、ちらしを作成。
そして、昼は、パンフレットを置いてくれるところを探し歩き、
頼み、置かせていただく。
コピー機があったので、「10円コピーあります」って看板だそうか、
とまで思った。
お金がぜんぜん入らなかったからね。

一人で何でもかんでもやった。考えうる限りすべて!

1パンフ


2パンフ

3パンフ
(オーロラの初代のパンフレットの一部だよ)

そんなある日、昔の職場の同僚が訪ねてきた。
私の状況を見かねて、友人2人がボランタリーで手伝ってくれるという。
うれしかったね。全然、先が見えないというのに…

そして、友人たちは言った。
「加藤さん、瞑想の先生に会いにいったら?」
えっ? 
「そんな、こんな状態で行かれるわけないでしょ。
人を集めることが先よ!」
即座に、はねのけた私…。
でも、このままやっても好転する要素はないとわかっていたけど…

完全に…行き詰まり感があった…
結局、それで、インドに瞑想の先生を訪ねた。

さっそくダルシャン。
私は、いそいそと先生のもとに歩み出て、瞑想の先生をじっと見た。
オーロラのことを聞こうとする間もなく、先生が私に一言。
「出直し」

えっ、出直しって何?
その頃ダルシャンは、1日1回、出直しなど、とても稀なことだった。
そして、出直して、答えを出さなくてはならない、と思った。
ものすごいプレッシャー…。

戸惑いながら、再び自分の席に座り、答えを得るために熟考した。
一体どうすればいいというの?
そのとき、ダルシャンにのぞんだ私の顔が浮かんできた。
みんなが作ろうと言っていた、あの「眉間にしわの寄った銅像」の顔。
苦悩の表情だね。
どうも、これじゃない…。

次の瞬間、木々の葉の切れ目から、
太陽の日差しが私の顔にあたった。
それは、とてもまぶしく、暗闇の中にいる私を照らし出すよう…
お腹に呼吸を入れてみる…

少しして、ある歌がダルシャンの隣りの部屋から聞こえてきた。
それは、前日、音痴の私が誰もいないのを確かめて、
一人で、心を込めて安心して歌っていた歌。
インドの神を賛美するその美しい歌は、私の心に陶酔感、喜びをもたらし、そのときの私は、心がはればれと、うれしさ、楽しさ、そしてスイートさではちきれそうだった!

ああ、あのときの歌…。
ああ、あの感じ!
いつの間にか、私は満面の笑顔になっていた。
あのいい感じ、あの陶酔感と共に…。

これが答えだとわかった。
どんな苦境にたたされても、この状態は私の中に今もある。
そして、その状態が本来の私だと…。
瞑想の先生は、私がそれに気づくことを望んでいたんだ!

眉間のしわは頬笑みに変わり、
内側から笑いと喜びがあふれてきて、満面の笑顔になって、
そして、出直しダルシャンへ。

私は笑顔、そして、先生も笑顔で…
瞑想の先生と目が合ったとたん、2人で笑いだしてしまった!
出てくるのは、ただただ喜び…
そして、言葉を超えてわかちあえている実感!
近くにいた通訳は、何が何かわからなくて唖然。
私は通訳に向かって「もう帰るよ」と一言、ダルシャンを終了。
ほしいものは全部もらった!

ドゥルガ (2)

(絵:秋谷真由美)


この境地から、オーロラをすればいいんだ。
素晴らしいプレゼントをいただき、いざ、東京へ!
東京に帰った途端、うれしい知らせが待っていた。
一気に、20人もの人が教育分析プログラム1に集まっていた。
理由を聞くと、これもまたおもしろい。
「なぜだかわからないけれど、平井に行きなさい、て言われた」
「チラシを見て、これだと思った」
「るり子って声が聞こえてきたの」etc

奇跡だ! と思った。
確かに、私は、「一人でもオーロラをやる」って決めて、やるべきことをやった。その結果とも言えるけど、それだけじゃない。人知を超えた祝福と恩恵の嵐が舞い降りたようだった。

そしてね、人って、心配事や不安があるとエネルギーもそうなる。「何とかしなくちゃ」、「こうしないと…」etc。だけど、本当の問題解決は、問題と格闘し、四つに組むところではなく、大いなる自己(セルフ)に助けを求め、恩恵を受け取ること。そして、自分を良い状態にキープすることがすべてよいものを招き寄せる原点なんだね。それも、一人で立つことが条件だね。

そして、事実、このことを知ってから、
オーロラは一気に大ブレイクしたよ。

今日はここまでね。

愛を込めて

 | BLOG TOP |