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オーロラ・シャクティ

Author:オーロラ・シャクティ
オーロラ・エナジー日記にようこそ!
瞑想と家族を愛し、セラピストとして豊かな経験を持つBodhini(ボディーニ)と、その仲間 Jnana(ニャーナ)の日々の出来事です。


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こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

オーロラ立ち上げを決心した私…
まず、これからのやることリストを作成。

① 会社のコンセプト(意図): 社会に何を貢献するか?
② 会社設立の手続き
③ 事業計画・経済計画
④ プログラミング
⑤ 内装・備品・パンフレット等
⑥ エンロール(営業活動)

たくさんあるね。

ちなみに、オーロラのコンセプトは、
全国に、アートセラピスト(絵画療法士)を輩出すること。

親や教師が、子どもの絵から、ヘルプサインや心理的な訴えが読めるようになったらいいし、精神科の患者さんや高齢者がアートセラピーで元気になったらいいと思っていたんだよ。

そして、実行!
中心になる8人のハートチームを作ったよ。
メンバーは、精神科医、心理学者、ソーシャルワーカー、ほかに経営や営業などに長けている人たちetc
みんな、ほかに仕事を持っていて、ボランタリーでの参加。
でも、起業するプロジェクトに関わるのは、全員初めて…。
みんなは楽しく参加。
周りはお祭り騒ぎのように盛り上がり…。
順調に進んでいったけど…

でも、私は…。
不安・不安・不安…
人が来るのかしら…?
うまくいくのかしら…?
ましてや会社経営なんて、やったことないし…

そんな心を抱えたまま、インドに瞑想の先生を訪ねて行った。
瞑想の先生と会えば、何とかなるかも…

でも、実際、瞑想の先生の姿を見た瞬間、
不安は増大!
起業すると決めた選択肢に対して、次、次と疑問がわく。

本当に大丈夫だろうか?
こんなことやっていいんだろうか?
やっていけるだろうか? etc etc

収拾がつかなくなった私は、すべての選択肢を上げ、
先生に相談しよう! と思った。
そして、その選択肢とは、

① 精神医療を辞めたけど、本当はやり残しがあり、戻るべき。
② オーロラをやると決めたのだから、オーロラをやる。
③ 家庭を持っているのだから、家庭に帰るべき。
④ 八百屋に嫁いだのだから、嫁として家業をしっかりやるべき。

ひどいよね、まるごと人生、過去からのこだわりが全部出てきちゃった。
今、考えると笑っちゃうけど、当時は深刻真剣だった…
そして、先生の側近に、私の質問内容を告げた。

すると、その人は、すかさず私に質問した。
「あなたは、本当は何をしたいの? 先生は、あなたがやることを決めるのではなく、あなたがやりたいと思っていることに祝福を与えるんだよ。何の祝福をもらいたいの?」

その途端、さまよっていたマインド(思考)が止まった!
そしてすぐに、「オーロラをやりたいんです」と出てきた。

ダルシャン
(絵:秋谷真由美)

しっかりと聞きたいことをまとめ、瞑想の先生に会いに行った。
インドのアーシュラム(道場)では、その頃1日1回、ダルシャンと言って、
師が私たちに会ってくださる時間があった。
さっそくすごすご…。

ダルシャンでは、瞑想の先生は、そんな私を見て、
「おお、オーロラ」とおっしゃり、
すぐに祝福をくださり、にっこり微笑まれた。
ほっとした私。
でも、すぐ……でも、でも、でも…具体的には、どう?
すかさず、質問した。
「オーロラを成功させるためにはどうしたらよいでしょう?」

すると、
「次の3つのことに留意しなさい」、と具体的に提示してくれた。

それは、
① ニードにあったものにしなさい。
  *自己満足ではなく、ちゃんと人が求めるものを提供すること

② 人を選びなさい。
  *対象者を絞るということ。子供とか高齢者とか…。

③ お金を取りなさい。
  *自分のやっていることに価値を置きなさい、という意味だよ。

そうか、わかった!
ここを大切にするんだね。
特に、医療や福祉畑で働いてきた私は、弱者からお金を取るのは…とずっと思ってきた。お金を取ることのブロックがこれで粉砕したよ。

瞑想の先生に祝福されて意気揚々帰国。
そして、6月、オーロラの開所パーティー。
いよいよ始まったよ!

加藤(開所)

このパーティーには、なんと180人もの人が来てくれたんだ。
3分の1は患者さん、3分の1は医療従事者、最後の3分の1は、親戚や友人も含め、今まで私が関わってきた人たちだったよ。

開所2

それまで、誠心誠意やってきたことが、こうして多くの人たちからの賛同という形で返ってきている。毎日毎日は、地道な努力の積み重ねだったけど、それはちゃんと返ってくるし、報われるんだって!
うれしかったね!

だからね、起業をするとき必要なものは何? と聞かれたら、
私はこう答えるんだ。

① 起業の理念、意図をはっきりさせること。そして、それを信じる心。
② 達成できているビジョンをプロジェクトの初めから明確に持つ。
③ 外側にもある大いなる自己に祝福を願い、助けてもらう。
④ 自分のやるべきことをやること。

④はね、起業だけじゃない。自分の人生の中で、瞬間瞬間やるべきことをやっていると、それが成果となって返ってくる。目的のために何かすることも大切だけど、むしろ、日常のあり方、積み重ねが大切なんだって思う。

さあ、いよいよオーロラがスタートするよ。
だけどまた、すぐ、次のチャレンジが来たんだよ。

今日はここまでね。
それでは、また

愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

今日は、私の転機について話すね。
私の転機…それはね、平成元年にオーロラを起業したことだよ。
私は、精神科の仕事は天職だと思っていたから、
自分が起業するとは…自分でもびっくり!

最初のきっかけは、瞑想の先生と出会ったこと…
(出会いについては、2012年4月16日のブログを読んでね)
瞑想の中で内側にあるエネルギーを体験した私は、
自分に対する自信を深めていったんだ。
そして、それが、外側に、仕事としてバンバン発揮されたんだ。

粘土

まずは、精神衛生研究会や東京デイケアー連絡会、地域精神医学会等様々な精神科の学会や研究会に、論文を2か月に1回ずつ発表!
とめどなくエネルギーが出てきたね。
書いても書いても、次のテーマが出てくるんだ。

ダンス

前回書いたように、
成城墨岡クリニックを母体として、日本で初めて精神障害者のデイケアー、そして家族会、サポート・システムをつくったのもこの頃。
その集大成が、
「正気と狂気の100人ワークショップ」の開催だったんだ。
自分のエネルギーに突き動かされるように、本当にやりにやったね。

パーティー


そして、もう一つ。
瞑想の先生に出会ったことで、長年の疑問に終止符が打たれた。
それはね、
私はずっと、統合失調症って何の原因でなるんだろうって思っていた。
精神医学では、遺伝や環境等さまざまな原因が言われてきたけど、
どれも合点がいかなかった。
統合失調症の患者さんたちは、みんな正直で、素直で、それしかできないけどあったかくて…なんで、こんないい奴らがこんな病になっちゃうんだろう…

だけど、瞑想の先生と出会ったとき、
「統合失調症を選んで生まれてきた魂」という捉え方を教えてもらった。
何らかの理由で、それが、彼らにとって最良のこと…
彼らが、魂レベルで、生まれる前に決めてきたんだ、とわかった途端、
私は、患者さんを心からまるごと尊敬することができた。
ああ、そうなんだ、そうなんだね…うまく言えないけど…
自分の病を、環境を、起こってくることを…
彼らは自分で決めてきたんだって…
決して、かわいそうな人じゃない! 
私たちと同じ!
そして、同じ完全なる魂!!
「正気と狂気の100人ワークショップ」は、健常者も精神障害者もそこに違いはないという前提に基づいてやったんだ。

でも、皮肉だね。
その答えをもらったら、精神医療の枠で仕事ができなくなっちゃった。
だって、精神医療の現場では、
あくまでも、患者は、医者をTOPとしたヒエラルキーの底辺。
治療し、援助し、普通の生活ができるように指導しなくてはならない人。
患者さんを統合失調症の病を持ったままで完全と思うようになった私とは、隔たりがあった。
自分が懸命にやってきた患者さんへの就労援助、社会へ理解を求めるための啓蒙活動等も、この気持ちが生まれたことで、そのまま続けることはできなくなっていた。

彼らはこのままでいいんだ。

そして、辞めることを決意した。

もちろん葛藤はあったよ。
私は、精神科しか知らない人だったし、この仕事がなくなったら、何を拠り所としていいかわからない。どうしよう…


ちょうど、そんな時期、私は、あるセミナーに参加した。
そのセミナーでは、
社会の中で自分の夢を実現していく構造を教えてくれた。
セミナーの中で、「無からの宣言」と「コミュニケーション」を学んだよ。

さっそく「無からの宣言」。
才能、お金、時間が整ったからこれをやる、という発想ではなく、無から自分の中にあるやりたいことを宣言していくというもの。

一体、何が私の中にあるのだろう?

目を閉じて、内側に入ったとき、
医療従事者の仲間の言葉が聞こえてきた。
「あなたには、絵があるじゃない。
何年もアートセラピーをやってきたじゃない。
るり子、絵を捨てちゃだめだよ」

それに
精神科の仕事を辞めるとき、患者さんが言ってくれた言葉も…
「ぼくは最初、すごくすごく落ち込んでいた。加藤さんはぼくの心を和ませ、少しづつ開かせてくれた。あれは、加藤さんにだけしかできない技だと思う。

加藤さんのすごいところは、自分が違っていたと認めたとき、みんなの前で謝ったこと。そのとき、加藤さんを何と謙虚な人かと思ったよ。

そして、他人のことに何と熱心になれる人かと…あのとき、加藤さんが、「あなたの苦しみとか怒りを、私が全部引き受ける」と言ったとき、加藤さんの大きさ、そのすごさの一端を見たような気がします。

100人ワークショップであんなすごいことができたのも、加藤さんの力だったし、とにかくあんな熱中できる場を用意してくれた加藤さんには感謝しています。

それに、加藤さんは絵をけなしたことがない。あの「素晴らしい」という言葉を聞いて、誰でもうれしくなること間違いないよ」

絵画展

ああ、そうだ! 私には絵がある。
これをやろう!
患者さんが、絵からトランスフォームしたように、
アートセラピーを人々に教えるスクールをつくり、
たくさんの人々にアートセラピーから貢献しよう!

…だけど、私、精神科以外やったことない。
プランニングも営業も経営も運営もやったことない…
どうすればいいの?

そして、このセミナーが教えてくれた2つ目は「コミュニケーション」。
セミナーでは、自分の目的のために人々にコミュニケーションをとる、という意味だったけど、もともと不安神経症ぎみの私は、そんなことより自分の不安解消の方が急務みたいになって…
コミュニケーション、コミュニケーション。
だから、一緒の仲間にはいつも弱音、弱音、弱音…(笑)

「こうしたいけど、ここはできない。不安だし、恐いんだ。
どうしたらいい…」etc etc
今の私を知っている人から見ると考えられないかもしれないけど、
結構依存的だったんだ…だから、サポートの仲間たちから
「加藤さん、記念に眉間にしわ寄せた銅像つくるよ」
と言われるほど…

だけどね…こういいながら、必ずみんなはサポートしてくれた!
私が弱音を言えば言うほど、みんな元気になって、生き生きとして、
「ここはこうしたらよい、ああしたらよい」てアドバイスもたくさんくれた。
だから、気がついたら、
私の周りにサポート・チームが自然とできていた。

仲間

オーロラのプロジェクはね、
私が主導したわけではなく、
いつの間にか多くの人に支えられて始まったんだ。
まるで、今まで精神医療でやってきたものが
サポートという形で返ってきたようだったよ。
そして、思うんだ…
コミュニケーションの第1歩は、自分のことを正直に言うことだって。かっこつけや強がりだと人は寄ってこないけど、「本音を言っている」、「助けを求めている」ってわかると応えてくれるよ。
それにプロジェクトの目的だよ。
人はそれに賛同する。

さあ、いよいよプロジェクトが始動したよ!
だけど、実際に設立するまでは、まだ一波乱ふた波乱…
起業するとき大切なのは、主体となる人の覚悟…
起業を決めて終わりではなく、むしろ、そこから覚悟が問われるんだ。
私の場合も例外ではなかった…これから、何度も何度も試しが…。
そして、それによって、私もオーロラも成長していったんだよ。
これについては、次にお話しするね。

今日はここまで、
またね!
愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。
今回は、もう少し私と精神医療との関わりについてお話しするね。

昭和57年3月、国立精神衛生研究所デイケアセンター美術グループ主催の精神障害者の絵画展覧会を市川駅前の銀行で開催。次の文章は、その時のあいさつ文だよ。

「ぼくたち心の病の者は 決して人生の敗残者じゃありません。
ぼくたちの歩みはのろく ちょっと遠回りしているだけです。
ぼくたちは ぼくたちの足で 歩いているじゃないですか」
―五木寛之著「ユニコーンの旅」より―

これらの絵画は、神経症、統合失調症、そううつ病、無気力などの心の病というハンディキャップを乗り越え、私たちの喜びや悲しみをひたむきに描いたものです。「精神障害者=気違い」という社会通念があり、私たちが社会からドロップアウトした人間だと決めこむ誤った偏見があります。そして、私たちへの偏見が、私たちの社会復帰を妨げていることは事実です。確かに、私たちの仲間のごく少数は、犯罪・自殺・中毒といった暗いイメージを背負っています。しかし、私たちの大多数は普通の人が胃腸を悪くした程度の心の病なのです。これらの絵画を通して、みなさまに私たちの心の呼びかけと訴えを、ご理解いただければ幸いと存じます。

何回読んでも、この文章を読むと泣けてきちゃう。
彼らの置かれた状況とつらさが伝わってくるし…。
長年の日本の精神医療の歴史の中で、偏見や差別と闘う医療従事者や患者さんたちの熱い思いや実践が一瞬にしてよぎるからね。

そして、なぜか私は「患者さんが好きだ」が出てきちゃう。
彼らは、謙虚で、正直で、純粋で、気のやさしい人たちだ、と思うよ…。
社会性がなく対人関係が下手で、
すぐつまづいちゃったりするけどね…。
どんなにか「いいやつ」だと思うよ。
こんな彼らが心の病を背負い、社会の無理解に苦しまなきゃならないのは、許せないね。
この病をひけめと感じ、家族はひたすら隠す。
親族の結婚にもさしさわる…。
今でもこの偏見とひけめは同じにあるんだよ。

私も心の病を結婚前にしたけど、
やっと今だものね、
…こうしてカミングアウトできたのは…。
だから、心の病の人には、すごく親しみを感じるし、
彼らには、今の私のように幸せになってもらいたいんだ!!

それでね、精神障害者が社会に受け入れられるためのプロジェクトにはことさら力を入れたよ。
成城墨岡クリニックに勤めていたとき、日本で初めて、クリニックの精神障害者のためのデイケアーを開設した。
そしてさらに、就労または社会と関わりを持つための一端として、精神科作業所「にゃんこの館」や喫茶店もつくったよ。
精神障害者が家や病院から出て、一緒に集まれる場所、安心していられる場所をつくるためにね。
さらに、クリニックでの精神障害者の家族会、就労援助のためのサポート・グループ、地域社会や保健所の協力、そしてスタッフやボランティアと、たくさんのバックアップ体制をつくり、精神障害者が地域社会の中で当たり前の生活ができるための活動を展開していったよ。

私にとって、精神障害者と呼ばれる彼らも、
健常者も何ら変わることがなかった。
同じ大切な一人の人間だからね…。
このことを社会に訴える「100人ワークショップ」を開催したのも、障害がある、なしに関わらず、それを越えて深く深く人は出会うことができる。それを実現したかったんだ。

100人WS2

昭和63年5月15日。
「正気と狂気の100人ワークショップ」を開催。
主催は、何と! 患者さんだったんだ。
1年かけて彼らをバックアップし、準備したよ。
参加者は患者さんが半分、それに医療従事者やスタッフ、ボランティア、普通のおじさん、おばさんが半分という構成だよ。
そして、この日の終わり、会場は、うれし涙とハグの嵐だった。
長年孤独な生活を強いられてきた彼らにとって、人と一緒にいられる、人から受け入れられる、そのこと自体が奇跡だったんだ。
ある患者さんが言ったよ。

いつもいつも、ぼくはずっと孤独の中にいた。
だけど、今、とっても暖かくて垣根がなくなっている。
これって信じていいの? 
本当なの? 
人って信じていいんだね? 
これって奇跡だね。
ぼく、初めてだよ。
こんなに人ってやさしい、と思えたのは…

彼の目には、涙が光り、
その後、顔をくしゃくしゃにして嗚咽して泣いた…。

100人WS1

このワークショップは、朝日新聞に大きく掲載された。
そして、全国からすごい反響で、クリニックの電話は、
1日中鳴りやまなかった…。
ただ、このワークショップで一つ突きつけられたことがあった。
それは、私たち健常者は、帰っていける場がある。
だけど、精神障害者には、社会の中に安心して
戻っていける家庭や職場がほとんどなかったんだ…
厳しい現実だよ…。
でもね、ワークショップで強い信頼関係が築かれたからね。
彼らも私たちも居場所づくりにさらに夢を持って取り組んでいったよ。

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さて、外側ではそんなこんなで多忙、やりがいもあったけど、
再び私の絵ね。
これは、国立精神衛生研究所にいたとき描いた絵だよ。
この頃思い描いていた再就職の夢はすべて叶ったんだ。
絵は自分の夢を実現する力を持っているんだよ。

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そして…次には人生の大きな選択が待っていたんだ。
考えもしなかったことが私に起こった。

今日はここまで、
愛を込めて


こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

よい妻、よい母、よい嫁として数年間…
なんせ、自分に無理しちゃったね…
子育てにも家庭にも閉塞感…
…逃れたいけど…
どうにもならない…

それと入れ替わるように、
フツフツと仕事復帰の願望が湧いてくる。
やりたいことをしたい!
精神医療の現場に戻りたい!
アートセラピーをしたい!
日に日に、それは大きな塊となって…。
何かもかも捨てて実現したい、と願うほどになっていった。

下の子が2才になる少し前だったかな…
そんな思いを持ちながら、
以前勤めていた川崎市社会復帰医療センターの所長が、
千葉県市川市にある国立精神衛生研究所にいることを知り
訪ねていった。
話はとんとん拍子に進み、国立精神衛生研究所の
スタッフとして入所することができた。
通所の精神障害者のデイケアーを見ることになり…
担当は、もちろん絵画のクラス。

当時の国立精神衛生研究所は、精神医療の現場では
最先端の理念に基づいて実践的に行われていた。
治療というプロセスを通して、それに関わるすべての人が
相互に成長するという治療共同体としての捉え方をしていた。
このため、医療スタッフもメンバーと呼ばれる患者さんも同等で、
医療スタッフになるには、
メンバーによる受け入れ面接を受けなければならなかった。
おもしろくて斬新なシステムだよね。

幼少期から人間関係がうまくいかないことが多くて、
わかってもらえないとか、認めてもらえないとか
ぶつくさ思っていた私だけど…。
国立精神衛生研究所ではまるごと受け止めてもらえたんだ。
スタッフの理念やとらえ方、ゆとりのある許容的雰囲気は、
安心して、いつしか私は丸裸になっちゃった。
何を言っても許され…
正直さを出しても受け入れてもらえる素地がしっかりあって…
私はこの場でずいぶん自己受容したかな。
生まれ変わることができたんだよ。
ありがたいことだよね。

だから、水を得た魚のようだったよ、私…。
メンバーと関われること、アートセラピーをできること、
うれしくて、うれしくてたまらなかったな。
一本の線、一つの色に感動しちゃう。
その感動が伝わるから、メンバーも喜んでくれてね、
絵画のセッションはすごい人気になったんだよ。

統合失調症のメンバーと絵を描いて、
駅や銀行、デパートで展覧会をしたりした。
だけど、普通の絵画の展覧会じゃないんだよ。

「ぼくたちは心の病なんだ。こんなに辛い孤独な世界に住んでいる。
絵を通して、それをみんなに知ってほしい、訴えたい!」
それがコンセプトだった。

だから、絵の下にそのときの病状やコメントを書いての
展示だったんだよ。
「今にもふりおとされそうな長い長い綱ばしごの上を揺れながら
一歩一歩歩いていく。
これが僕たちの心境なんだ」
苦しくしんどい文と絵。

彼らの住んでいる世界を何度も何度も絵によって垣間見せてもらった。
私もそのたびにつらくなった…。
そして、よく彼らはここまで絵を描いてくれたと思う。
生きている絵。
戦っている絵。
苦しんでいる絵。
もがいている絵…。

ありがたくて、いとおしくて、メンバーの一人一人に
心から「ありがとう」と言った。
そして、この展覧会は、何度も何度もやったよ。
そのたびに、いろんな反響をもらった。

その後仕事も増えていったし、病院や保健所等、
いろいろなところでアートセラピーの仕事に就くことができた。
日本芸療法学会の事務局のある神経研究所付属晴和病院にも
研究員として入ることができ、たくさんの臨床と研究に従事。

江戸川区小岩保健所の精神障害者の
通所デイケアーの講師もやったよ。
このときはね、患者さんと一緒に貼り絵を制作し、
それが宝くじの絵柄として採用されたんだよ。
次の絵がコレ!

宝くじ

タイトルは、「たぬどんのお散歩」。
実際には、畳一畳分もある大きなものなんだよ。

保健所をあげて、みんなでこの宝くじを買ったよ!
でも、1枚もあたらなかった…がっくし。

なんせ、そんなこんなで、次々次々…
忙しさも倍増…2人の子どもを連れて、職場に出かけることもしばしば…
もちろん、家事も子育ても手抜きなしだよ…
仕事ができることがうれしかったから、そのためには何でもやった…

だけどね…外側は、そんなふうに順風満帆で、大好きな仕事ができて充実していたんだけど、
その当時、描いていた絵はこれね!

迷路 1

1枚目の絵は、迷路のテーマだね。
この絵のシリーズはたくさん描いたよ。
時計を描いていて、焦っているのがわかるね。
それに線路。どこに行くか道を探しているようだね。


ファンタジー

そして2枚目、これはファンタジーの絵。
帽子の精の物語を作りながら突破口を探している。
出口はどこにあるんだろうね。
まだ見えない。


うつ 3

3枚目は、寂りょう感あふれるエネルギーのないうつ傾向の絵だね。
青や紫で描かれ、山々が連なり、未来が封じられ見えないのがよくわかるね。


絵は、正直だね。
マインドは、やることや達成感、快感にごまかされていい気分になっていても、絵はそうじゃなかった…
私自身も絵を描いてびっくりしたよ。
自分の状態がフィードバックされたからね。
つまり、またしても、道を探し…迷っていたんだね。

私がもともともっている不安や焦燥感…
仕事では埋めることのできない寂りょう感、孤立感…
やっても、やっても満足できない想い…
心の空洞がはっきりと見えた。

あんなにほしいと思って手に入れた仕事なのに…
ああ、私を満たすものって、
家庭でもない、仕事でもないんだ…
人でも、やりがいでもない…

今回は、ここまでね。

愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。
昨日、4才のお孫ちゃんとディズニーランドに行ったよ。

私のディズニーランド・デビューは…30年前。
最初はクールに構えていたんだけど…
It’s a small world、ジャングル・クルーズ、ホーンテッドマンション、カリブの海賊……最後にはすっかりディズニーランド・ワールドにはまって感動、感動、感動!

ディズニーランド

だからさ、今回も期待していたんだ。
だけど、正直…
それほど心が動かなかった…。

なぜだろう?
今回はね、びっちり計画立てて行ったんだ。
何時にどこに行って、ここで食事して、パレードは何時にどの場所で見る…だから、待ち時間や混雑とは全く無縁。
見たいものはすべて見られてパーフェクト! 
すべて計画通り完璧だったんだ! 
だけど、満足できない…

…そんなことを考えているうち、今年の初夢を思い出した。夢はね…

これが、初夢の絵だよ。
初夢1
(絵:秋谷真由美)

私は窪地にいる。
出口が4つあるけれど、1つ目2つ目の出口からはドロドロと真っ赤な溶岩が流れ込んでくる。3つ目の出口にはトラが寝ていて、4つ目の出口にはむささびの巣があって、私が抱えている赤ちゃんめがけて襲ってくる。私は剣を抜いて一撃。
だけど、次から次へと襲ってくる…
はたして、ここから脱出できるだろうか?

フト、気がつくと、私の後ろにえらいお坊さんのような人が立っている。
彼は、私の苦境を見て、質問する。
「こっちに来るかい? 助けを求めるかい?」

絶対絶命だってことはわかる…でも…
私は超自立型の女だからね。
「頼る、助けて」なんてなかなか言えない。
心の中では「一人でこの状況を打開できないのが口惜しい」…葛藤

でも、決心した。
「助けてください。そちらに行きます」
その途端、すべての出口も障害も消えてなくなった…

絵や夢をやっている人は、もうわかるね。
お坊さんは大いなる自己(セルフ)だね。
自分のエゴに頼るのではなく、大いなる自己(セルフ)に頼ること!
これが夢のメッセージだね。

私みたいに超自立型の人は、何でも一人でやろうとする。
状況を把握したり、優先順位をつけたり、こうしたいという意図を持って一点集中で、何でも頑張る。もちろん、それ自体は悪いことではないし、それがゆえに、仕事も家族も、友人関係もうまくいく。

何でもチャレンジ!
「まだ大丈夫、まだイケる、もっとやれる!」
だけどね、それは欲望のわな。
一つ達成すれば、また次。
永遠に終わることがないんだ。

本当の満足はね、自分自身の大いなる自己(この言葉になじみがなければ、本心または魂と捉えてもらってもよいかも)と一つになったときに生じるんだね。
そして、それは、いつも私たちの後ろにいる。
私たちが振り返り、その存在に気づきさえすれば…
助けを求めさえすれば、もう脱出しているんだって思ったよ。

ちなみにね、大いなる自己は何かあったときだけ助けてくれるのではないんだよ。日常生活の中で、家族や友だちと信頼関係を築けたり、仕事が成功したり…私たちは、「すべて自分がやっている」と思いがちだけど、本当は、この大いなる自己に支えられて、生かされているんだね。

だから、私たちの人生は、本当は奇跡なんだよ。
助けられ、守られ、サポートされている。
そう考えるとありがたいな。
幸せだと思う…。

ディズニーランドの体験で、
もう少し大いなる自己に謙虚にならなきゃ、
と思った私でした。

それでは、またね!
愛を込めて
こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

結婚して八百屋の主人に嫁いだ私は、2人の女の子にも恵まれ、
妻・母・嫁業に一点集中! 

子育ては、24時間の奉仕活動に似ているね。
子どもは夜泣きするし…
すぐ、病気するし…
ハラハラどきどき…初めての子育てはまったくの孤立状態で、
不安なことばかりだったな。

特に、長女は喘息で、明け方、呼吸困難になるくらい咳き込んだよ。
そのたび、救急で病院に連れていくんだ。
咳のため横になって寝ることもできず、よく一晩中抱っこしていたなぁ。
口ぐせは、「吸入、吸入」
吸入すると、少しは呼吸が楽になるのね。

眠れない夜は、よく長女にお話をしたよ。
彼女はイギリスのマザーグースの絵本が大好きで、
何度も何度も読んでやった。
中でも、彼女が好きだったフレーズがあるんだ。
それはね…
「遠くの、遠くの北の国、ロバが苦しいせきしてる」

長女はね、咳をしながら言うんだよ。
「ロバも苦しいんだね」って…
泣けてきちゃうね…
…ホント、咳のことでは、喘息の認定を受けようと思ったくらいだったよ。

だけど、それだけじゃない。
なんせ私は結婚するとき、「自分は普通以下の人間。普通になろう」って決めたじゃない…だから、嫁いだ先でもいい嫁やっちゃってさ。
うちは八百屋なので、毎日15人分の食事を作るんだ。
90代のおばあちゃんを筆頭に4世代家族、それに、番頭さん、丁稚さん、親戚も何人も手伝いに来ていたからね。
その中で、嫁の立場はすげえ~弱いの。

嫁としては、3カ月は同じメニューをつくらないくらいガンバったな。
お料理は心を込めて、おいしく作りたいって思うじゃない…だけど、忙しい商家のリズムに合わなくて、番頭さんから「早メシ、早クソ、芸のうち」て言われて、急かされているようで、ゆっくりするひまもなかった。
流産したのも、そんな中でのことだったよ。お腹の子どもより、嫁として期待される要求を優先させちゃったんだね。

ま、激変した生活環境になじむことが精いっぱいだったんだけど…
ふと気がついたとき…
なんか変、って思った。
誰かの妻、誰かの母、どこかの嫁…私はどこにいるの?

八百屋で精一杯おさんどんをし、小さな自分のアパートに帰ると、もう何もしたくなくてくたくた。
その場にへたり込んで動けなくなっていた…

食事作りに行きたくない…
だから、子どもが喘息になると、内心ほっとしたりして…
でも、家にいても心は晴れないんだ。
不満はないけれど…

本当の自分って誰?
また、自問自答が始まり、
いつの間にか、自画像を描き始めていた。
そして…絵を描いて、初めて自分の状態がわかった…
ああ、うつだ…
これが、その頃描いた絵だよ。

自画像 6

目だけが真っ赤に塗られていて、まわりは真っ青な自画像。
不安やうつ、焦燥感ややる気のなさが伺えるね。
「ここから抜け出したい、自由になりたい」って声が、再び聞こえはじめたのもこの頃だった。

今は、女性が結婚しても働くことが当たり前だね。
だけど、私の若い頃はそうじゃなかったんだよ。
ふつふつと仕事に戻りたい気持ちが出てきた。
そして、仕事に復帰したいと思った。
子育てと家庭だけの生活に閉塞感を感じはじめたんだね。
女性にとっての家庭と仕事…次回以降はそこを見ていくよ。

それじゃ、またね!
愛を込めて


こんにちは、加藤です。今日もお邪魔するね。
今日は、子どもの絵から才能・能力、そして適性についてお話するね。

よく、保育士さんやお母さんたちから、
「子どもがこんな絵を描いたけど、異常じゃないでしょうか?」という質問を受けるよ。親や教師にとって、子どもが普通かどうか…ということが重大な関心事のようだね。でもね、ほとんどの場合、子どもに問題はないんだよ。そう考える不安な大人の方に問題があるっていつも思うよ。

どの子もその子なりの個性があり、時として「強烈」とか「変」と思うこともあるかもしれないけど、むしろ、短所と思われるところに焦点をあてるより、その子の良いところを信じて、伸ばしてあげると、それだけで子どもは生き生きと自信を持ってくるよ。これが、私の長年の経験。そして、今回は、絵から子どもの才能・能力・適性をどのように見いだすか、そして、どこを伸ばしてあげるとよいかを見ていくね。

その前に、こどもの絵には、大きく3タイプあるよ。「概念や形態の子ども」、「ファンタジーの子ども」、「運動の子ども」だね。


さてさて、まずは就学前の子どもたちの絵だよ。この頃は、まだ絵に対する固定した概念がないから自由に表現してくれるので、子どもの特徴がよく見えるね。

才能1-1 1

まず、1枚目の絵。典型的な「運動の子ども」だね。もちろん男の子だよ。身体を動かしながら、時には声も発して、ガンダムとの戦いの絵を描いている。どこが絵の始まりで、どこが終わりかわかんないけど、線がすごくのびのびしていて自由な感じでしょ。生き生きと表現力にも溢れている。この自由さを認め、ほめてあげるとこの子は伸びていくね。自分を表現するプレゼンテーションはバツグン。反応や状況に応じて的確に対応できる行動力も持っている。適性については、営業やスポーツ関係の仕事が向いているね。


才能1-2 2

2枚目の絵は「形態の子ども」、男の子だよ。他に画材があるのに、鉛筆で描いている。画用紙に小さく描かれているけど、こだわりの世界があるのがわかるかな? お城は、自分が小さくても一国一城の主であることを表し、一点集中、興味のあることだけ追求するタイプだね…プライドもしっかり持っている子だよ。

才能や能力を伸ばすには、自分が執着している趣味があるので、それを徹底的に与えて、伸ばしてあげるといいよ。そして話も聞いてあげてね。「すごいね」とほめてあげることが、彼の自信につながっていくよ。

そして、そんな彼に向いているのは、細かい描き方から、研究者や学者。どちらかというと医学・理工科系だね。また、文系だとすると、法律やIT関係も向いているね。


才能1-3 3

3枚目は、男の子の絵で、「ファンタジーの子ども」だね。夢のある世界を持っている子だね。自分なりの物語や感性、感覚、表現力を持っているよ。このタイプの子どもは、自分の感性やグローバルな視点、芸術的なセンスを磨くのをサポートし、見守ってあげる必要があるよ。特技を生かして、手に職をつけたり…。そして、みんなと違った感性だとしても、親や教師は、彼の信念と強さを信じてあげることが大切! 適性としては、芸術家向きだね。ただ、理解者がいるかいないかで、「天才」と呼ばれたり、誤解されたりすることがあるかもしれないね。


才能1-4 4

4枚目の絵は、女の子の絵で、「形態の子ども」だね。右下にうんちが描かれているし、本人の顔は怒っているよね。ストレートで正直な子だね。よい感性を持っているし、正義感も強い。

親は、子どもが他の子どもと違っていたりすると、「なんで同じようにできないの」とか、「なんで怒っているの」と責めることがあるけど、親からこう言われると子どもは委縮して、「自分はダメ」と自信を失ってしまう。このタイプの子を伸ばしていくには、子どもの純粋性や感性、素直さを認めてほめてあげること、そして子どもの協力者になってあげることが必要だよ。

そして、適性は、介護、福祉、セラピスト、心理に関わる仕事に向いているかも。また、教育者や法律関係。人と関わる仕事がいいね。


次は、小学校低学年の絵だよ。

才能2-1 1

1枚目の絵は、「運動の子ども」と「形態の子ども」が両方入っている。男の子だよ。状況判断のできる頭のいい子。例えば、中央のサメ型のロケットから攻撃性や怒りが、上部に描かれた雪だるまから、言うことを聞くよい子の役割が、右下のたくさん人の乗ったロケットから対人関係で調和を取り共同作業ができる協調性が見えるね。全体のカラフルな色彩から、豊かな感性や自由な表現力も伺える。

ただ、心の中で、自信のなさと自信が同居しており、人知れず味方や理解者を探しているところがあるよ。だからこのタイプの子を伸ばしていくには、親や教師はそれを察して愛情の枠を作ってあげるといいね。そうすると、本来の自分が安心して、素直に表現できるようになるね。

適性としては、このタイプは、何でも簡単にできるけど、深く探求したり、持続することは苦手。責任者になるより、ナンバー2タイプだね。


才能2-2 2

2枚目は、「形態の子ども」の絵で、男の子だよ。恐竜を描いているけど、どこかひょうきんで暖かな絵でしょ? この子のやさしさや暖かさが伝わってくるね。この子を伸ばすには、人を大切にできるところをほめてあげるといいよ。対人関係もよく、友だちにも信頼されるタイプだよ。ただ、我慢してため込んでしまうタイプなので、本心はなかなか出せない。だから、親や先生はよくお話を聞いてあげてね。

この子の適性は、典型的な公務員やサラリーマン・タイプ。白抜きの草食恐竜から、上司の前では、従順で何でもそつなくこなす。だけど、ギザギザの歯や背中から、飲み屋では部下と上司のグチを言って不満や攻撃性を発散するのが、今から見えるね(笑) 


才能2-3 3

3枚目は女の子の絵で、「形態の子ども」だよ。しっかりした絵だね。自分を中心に堂々と描いている。リーダーシップを取れるしっかり者。ただ反面、ブルーのエプロンから、さみしさをお腹に隠しているように見えるね。このタイプの子どもを伸ばすには、親や教師は、言葉にすることのない甘えや弱さを見ていてあげる必要があるよ。まかせ過ぎないように注意してね!

適性については、全体を統括するコーディネイターの仕事が向いている。また、家庭に入っても、誰とでも明るく如才なく対応できる賢婦人になるね。お姑さんの評価も、「よくできた嫁」、間違いなし(笑)。仕事と家庭の両立もOK。


才能2-4 4

4枚目の絵も女の子で、「形態の子」だよ。色は、赤や黄色やオレンジがほとんだね。目立ちたい、認められたいとの思いが強いね。そして、感性を表す葉っぱがはらはら散っている。お山の上の太陽は、目立ちたがり屋。この子の適性は、ズバリ! 女優やモデル、歌手など、人の前に立つことが一番うれしい! と感じるタイプだよ。

ただ、実際に芸能系をめざすとき、もともと上昇志向の子なので、「もっともっと」と強いると、苦しくなっちゃうかも。それより、この子が伸びるためには、焦らないこと、を伝えてあげてね。できていることを喜べるように、「すごいよくできるね。よかったね、今のままでいいんだよ」って認めてあげられるといいね。

今日はここまでね。
わかりやすかったかな?
もっと詳しく知りたい人は、
アートセラピー・インストラクター・コース」、
アートセラピスト養成講座」、
こどもアートセラピー」でね。

*なお、一つお断り。絵からの判定は、実際は一人の子が描いた複数枚の絵から総合的に判断しています。今回は、わかりやすいように、才能・能力・適性がよく表れている絵を、一人1枚ピックアップしています。1枚の絵だけで判定するには注意を要するので、誤解のないようにお断りしておきます。

それでは、また
愛を込めて
こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

先週末、京都に行ってきたよ~
写真を見せちゃうね。

妙心寺3


妙心寺2


妙心寺1


今日は、サイレンス―沈黙、ね。

それでは、また
愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。
今回は、6才の保育園児、年長組1クラスの絵についてお話するね。

最初のグループはこちら。
上3枚が女の子で、下3枚が男の子の絵だよ。

女1-2 1


女1-3 2


女1-1 3


男1-2 4


6才1-5 5


6才1-6 6

さて、何が共通しているかな?
まず、描いているテーマやモチーフが同じだね。
どの子も、中心に、自分や大好きな乗り物を描いているね。
この中央に描けるということは、子どもの絵には大切な要素だよ。
つまり、自信があるということ…。
描き方はどうかな?
多くの子が、枠から描いているね。これは、概念や形から絵を描くタイプの子どもだったね。筆圧も濃いよ。これも自己主張やリーダーシップを取れる子によく見られることがあるね。そして、情景や形を描いているのは、このタイプの特徴だね。

この子たちは、いわゆる、いい子、よくできる子、言うことを聞く子、リーダーシップの取れる子。親や教師から、統率力があり頼りがいのある子、問題のない子と評価される子だよ。

でもね、ここで要注意。
このタイプの子どもたちは、親や教師が期待すればするほど、それに応えようとしてしまうんだ。褒められるために、自分の本音を抑えて、いい子のふりをしているかもしれないんだよ。だからね、期待に応えることへの抵抗が起こってくる頃、反抗期や思春期を迎えると、自分の正直さやさみしさ、弱さが出せずに無理してしまうことがあるよ。
ヘルプを出したくても出せない…

しっかり振る舞っているその裏側に、本当はお母さんに認められたい、わかってほしい、かまってほしい、甘えたいetc そんな本音があることに気づいてあげてね。特に、お母さんが仕事や育児等で忙しいことがわかると、このタイプの子は自ら、お母さんのために手がかからないようにしようとしがちだからね…


次のグループはこちら。
上2枚が女の子の絵、下1枚が男の子の絵だよ。

6才2-1 1


6才2-2 2


6才2-3 3

人が描けないグループだね。そして、中心が抜けている。このタイプの子は周辺部分から描くことが多いね。さびしんぼの子どもたちであることが多いね。どことなくさみしげでしょ? 自分に自信がなく希薄で、助けてサインを出しているよ。

だけど、女の子の絵には、家がしっかり描けているね。
家は内的な自己像ととらえることもあるけれど、この子たちは、心の深いところに自信を持っているよ。なかなか表現が苦手だし、人にわかってもらえないことも多いけど、ちゃんと持っているんだ。
だから、親や教師は、この子の、心に持っている深い自信を認めてあげる必要があるね。このタイプの子たちは、成長して、それまで隠れていた強い自分を全面に出せるようになると、生き生きとしてくるよ。
だからといって、強制するのはダメだよ。内向的な子どもたちなので、親や教師が、子どもの中に自信があるのを全面的に認めてあげる、信じてあげる、そして、待ってあげることが必要だね。


3つ目のグループは、次の2枚。両方とも、女の子の絵だよ。

6才3-1 1


6才3-2 2

この2つの絵には、アンビバレンツ(両価的な心理状態のことをいう。例えば、好きと嫌いが一緒に同居したりしていること)な感情が表れているのがわかるかな。怒りとさみしさだよ。煙突は心の中の不満や言いたいこと、怒りなんかを表すことがあるよ。2枚とも、煙突が描かれていて、訴えたいことがあるように見えるね。
だけど、1枚は右側に描かれた白抜きのキティちゃん…さみしそうだね。
どうしていいかわからない不安が感じ取れるかな? 
そして、もう1枚は、左側の石で囲まれた池で、魚が泳いでいる。
これも、さみしそうだね。
じっと弱音を押し殺している。辛い気持ちがわかるかな?
こうした絵を見たら、親や教師は、その子のお話をしっかり聞いてあげないとね。
大切な、大切なときなんだよ。


そして、最後のグループだよ。全員男の子が描いたもの。恐竜、ロボット、戦闘機、乗り物、男の子はこのテーマが大好き! そして、どれも戦っているよ。戦いはよく表れるテーマだよ。

男2-1 1


男1-1 2


男2-2 3


6才4-6 4

よく、お母さんたちは、子どもが戦いの絵や血を流している絵、攻撃や殺戮の場面を描くと、嫌がるよね。時によっては、「そんな絵は描くのをやめなさい。もっとやさしい絵を描きなさい」ってお説教することすらある。

でもね、この時期の子どもは、こうした絵を描くことが普通だし、必要なんだということを理解してほしいんだ。もちろん、ストレス発散ということもあるけど、親から自立して、男としてのアイデンティティ(自己同一性)を確立していくための戦いでもあり、プロセスでもあるんだ。

そして、もう一つわかってほしいのは、子どもは親の気持ちに敏感だから、お母さんが嫌がっているとわかると、すっごく悩むんだよ。時によっては、絵を描けなくなっちゃったりする。子どもにとって親はそれほど大きいんだよ。だから、親や教師のみなさんにお願い。どうぞ、子どもが描きたいように自由に描かせてあげてくださいね。戦いイコール悪いこと、という短絡的な捉え方ではなく、その中で、自分が抱えている葛藤や対立を乗り越えようとしているんだよ。


今日はここまでね。
何気なく描かれた絵に、たくさんの大切なメッセージがあることが見えたかな? どうぞ、大きな目で見守ってあげてね。私はね、子どもの絵を見ると、その子が感じられて、一人ひとりを全員抱きしめてあげたくなるよ。

それでは、またね。
次回は、絵から子どもの才能や能力を見ていくね。将来どちらの方面に行ったらよいか、もうこの時期から表れている子が多いんだよ。

愛を込めて

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