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オーロラ・シャクティ

Author:オーロラ・シャクティ
オーロラ・エナジー日記にようこそ!
瞑想と家族を愛し、セラピストとして豊かな経験を持つBodhini(ボディーニ)と、その仲間 Jnana(ニャーナ)の日々の出来事です。


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こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

「アートセラピー・インストラクター・コース」の上級コースである
「メンタル・アートセラピスト養成コース」の中で、
課題画法というテクニックを学んでいるね。
これは、100の刺激語の中から、心理的にフィットする単語を一つ選び、
それを絵にするものだよ。

ちなみに、刺激語には次のようなものがあるよ。
宝物、戦い、敗れる、墓、盗む、手、指、心の地下室、橋、戸、洞窟、
曲げる、とげ、幻、泥、夜、地獄と天国、柩、パニック、塀、虫、崩壊、
真理、寒い、死体 etc etc

そして、このコースの中では、刺激語の中から
特にネガティブなものに焦点をあてて1つを選び、
絵に描いてもらう技法だよ。
その絵から、描いた人のコンプレックス、執着、
滞り、心の抑圧や影の部分などがみえてくる。
今日はこの絵から、自分のとっている自動的パターンや反応の
パターン等を認め、そこから脱出する方法について見ていくね。

まず6枚の絵から、みんなのひっかかりやすいネガティブな傾向と、
新たに踏み出す次の1歩を見てみようね。
では、次の6枚の絵から、「共感する」とか「心が動くな」と思う
絵を1枚選んでみてね。

1
課題(今福)

2
課題(内田)

3
課題(本島)

4
課題(田中)

5
課題(鈴木)

6
課題(橋本)



では、それぞれの絵についてのコメントだよ。

1番の絵のタイトルは、「我慢」。
忍耐したり、我慢したり、押し殺してしまうことが多いかな? 
きっと、誰かのためとか、何かを成し遂げるためっていう理由があると
思うけど、我慢しすぎると、自分が誰だかわからなくなっちゃうよ。
自分を取り戻すために、まずは、「我慢するのはやめよう」って
決めてみるといいね。
または、弱音を吐いたり、人にヘルプを求めることも大切かもよ。


2番の絵のタイトルは、「ふたをする」。
誰にも見たくないものがあるよね。ふたをしてしまうことで、
自分を保とうとする…でもね、もしかしたら、ネガティブなもの
だけでなく、ポジティブなものも閉じ込めてしまっているかも…。
パンドラの箱は、最後に女神様が出てくるんだったね。
誰の中にも女神様に象徴されるセルフがあるから、それを信じて、
勇気を持ってふたを開けてみるのはどうかしら?


3番の絵のタイトルは「埋葬」。
あなたが葬り去ってしまったものは何でしょう? 
人生には、もう忘れてしまいたい、思い出したくないっていう
出来事があるよね。自分のあり方ややったことを後悔したり…。
でも、その時はそれしかできなかったかも…。悲しかったことや
辛かったことも自分の一部なので、それをやさしく抱きしめ、
受容してあげてね。
そうすると、新たな自分が再生し、よみがえってくるよ。


4番の絵のタイトルは「捨てる」。
大きな石に象徴される重荷を背負って頑張ってきたんだね。
重荷を背負っていると自覚できないことも多いけど、自覚できたら
しめたもの! 捨てればいいだけでしょ? 
「いつ捨てればいいか」って? それは、「今」でしょ! 
あなたは、いらないものをしっかり識別できているのだから、
あとは行動に移すだけだね。


5番の絵のタイトルは「戦い」。
古い自分から新しい自分に脱皮するときには、必ず自分の中で、
葛藤や戦いがあるね。戦いは、悪いことでもないんだよ。
そしてましてや他人や環境と戦うことでもない。
次の統合に向けて、通り抜ける通過儀礼のようなもの。
まず自分の中にある分裂した部分を認め、それをどう受容して
いくかの問題だね。心の成長にとって、すばらしい勇気のいる
直面が始まったんだね。おめでとう!


6番の絵のタイトルは「孤独」。
みんなと分かち合えずに一人ぼっちだったり、孤独を感じる時って
たくさんあると思うよ。そんなとき、みんなはどうする? 
誰かとつるんだり、慰めを求めたり…もちろん、それもOKだけど、
孤独は、セルフへの入り口でもあるね。
心の旅は一人で進まなくてはならないんだよ。
1人でいる時、初めて自分の中にあるものに気づいたり、自分自身の
直観の声に耳を傾けた体験を持つことも多いんじゃないかな。
そして、絵の中で、孤独を描けるってすごいことだね。
対象化して自分を見られるってことだからね。
新たにセルフと統合するための入り口についたことでもあるね。
おめでとう!

6枚の絵の中からみんなが選んだ1枚が、今の自分の心の成長の
ステップだよ。どうだったかな?
でも、どれがどれの上ということはないからね。
人は、その時の状況によって、
いろいろなステップを何度でも踏むし、
同じテーマでも、以前よりもっと高次のレベルで
取り組むこともあるからね。

何せ、人が成長していくっていうのは、
自分の心の中にあるものを全部認め、受け入れていくこと。
抑圧している限り、それは心の重荷になってしまう。
みんなも自分のあるものを認めることで、益々軽く楽になっていくね。
たのしみ♡ ♡ ♡ ランランラン。

ではでは、またね!
愛を込めて
こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。
最近テレビ・コマーシャルで、流行っているもの!

いつやるの?
今でしょ!

みんな、よく知っているよね。
予備校のカリスマ塾講師の林先生の言葉。
この「今でしょ!」が、いいよねぇ。
今日は、この「今」について考えてみるね。

10年以上前になるかな…。
その頃も、家庭に、仕事に、ボランティアに… 
それに介護もあり、自分の時間なんてないくらい超多忙。
どうしても、その時、1年の感謝を伝えたくて、
瞑想の先生を年末に海外に訪ねたことがあった。
でも、行けるのは1泊2日。
しかも、この日程では、大きな瞑想のプログラムもないので、
瞑想の先生に会えるかどうかもわからない…

普通に考えたら、「行かない」状況。
でも、どうしても感謝の気持ちを伝えたい。
とにかく自分の心が望むものに正直になろう! 
瞑想の先生には、会えても会えなくてもいい、
と思って、行くことを決めた。

そして、渡米。
ラッキー!!!!!!!! 
会場に着いて早々、瞑想の先生が歩いてくる。
姿を見た途端、思わず、先生の名前を大声で叫んでいた。
先生は、すぐに、私の前に立ち止まってくれた。

叫んだはいいが、こんな状況になるなんて想定外。
心臓はバクバク、ドギマギドギマギ…
先生は、私に質問してくる。
「When did you get here?」
あがっちゃって、何を言われているのかチンプンカンプン????
頭は混乱、もうグチャグチャ!!!!!
「こまったわ、こまった、こまっちゃった…」
日本語がわからない先生に、日本語でぶつぶつつぶやく私。

瞑想の先生は、そんな私を静かに、じっと見つめてくれて…

しばらくして、やっとその目に私が気づけたとき、
心がすとんと静かになった。
瞑想の先生は、落ち着いた私を見て、立ち去ろうとしたその時、
私はなぜか握手を求めて、先生に手を差し出しはじめていた。

その一つ一つの私の動作が、
スローモーション・ビデオを見ているように、
一瞬一瞬目に焼きついて見える。
私の心には、何の考えも感情もない。
何かを求めようという欲や期待感も、焦りもない。
ただ、静けさだけが流れていた。
私の手が差し出されていく…ゆっくり、ゆっくり…。
小間切れのスローモーション映像を見ている私。
その途端、瞑想の先生がしっかりと私の手に触れ、
強く握ってくれた。
すごい力。
何かが手を通して入ってきた。

そして、握りしめられたほんのわずかな瞬間、
私は、瞑想の先生の深い境地の中にいた。
自分が完全に開け放たれ、大いなるものの中に溶けていく感覚…
同時に、「今が永遠」という言葉が心の深い底から湧いてきた。

Epson_0302_1.jpg
(絵:秋谷真由美)

本当に、一瞬の出来事。
だけど、完全な満足感と充足感に満たされていた。
人は、何か達成できたから、
何か成果があったから満足するわけではない。
ましてや、何かが欠けているなんてことはない。
本当に、「今、この瞬間」の中に、
すべてがあるんだって思った。
そして、「今」という時の中に永遠性を見、時が止まった。

このときから、この「今が永遠」という言葉は
私の熟考のテーマとなった。

「今」、「今」、「今」…時というものはなく、永遠の「今」がある。

だから、林先生が、「いつやるの? 今でしょ!」て言うのは、
すごく理にかなっているね。
よくみんなが何かを選択するときに、「…ができたらやろう」とか、
「…明日やろう…」とか、「後でできるから…またにしよう」とか、
「先を待とう」と言う人がいるけど、
そういう人は、もったいないなと思ってしまう。
いつまでたってもやらないからね。
「今」と「チャンス」を逃してしまう…

「今」、「この瞬間」は自分の手の中にある。
意識して選択し、行動するとき
いつでも、次に、やるべきことが見えてくる。
「今」が「今」を運んでくるからね。
よく私は、
「もし、あと1週間で死ぬとしたら、今、何をする?」と
みんなに聞くけど、大切なのはそこなんだよね。
自分にとっての一番を「今」選択してね。
あとじゃないよ。
「チャンス」は、「今」しかないからね。
「今」が入口なんだよね。
そこにのみ可能性の扉がリアルに開いているという感じがするよ。

だから、「あれをやらなきゃ」、「これをやらないと」と
言い訳しているときは、責任転嫁していたり、
自分で主体的に人生を生きていないかもね。
また、犠牲者として自分をとらえたり、
人の期待やどう思われるかにそって
義務と役割の人生を生きたりすることもね。
これ、ちょっとちがうよね。
過去のことにくよくよしたり、
未来を不安に思って「今」にいないのも
やっぱりちょっとちがうよね。

いつやるの?
今でしょ!

ホントに、いい言葉だね~~
さてさて、あなたは、この言葉から、
何を、「今」、「この瞬間」選択するかな?

それでは、また
愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

今年も残すところわずかとなりましたね。
みんなはどんな年だったかな?
私はね、3月3日にブログ・デビュー。
私の半生やアートセラピー、瞑想のこと、いろいろ書きました。
みんなからもたくさんの感想や励ましをもらったよ。
本当にありがとう!
今年もいい年だったね~

そして、もうすぐお正月
…実は、1つ決意したことがあるんだ。
それはね…今年のお正月は、
内側に入り、セルフ(大いなる自己)と一緒にいながら、
ゆったりと過ごそうって!

うちはね、商家でしょ。
12月31日の大みそかまで仕事。
正月2日からお年賀のいちごやころ柿の新春初売りが始まる。
そして、元旦は毎年、親戚が40人くらい集まるんだ。
大宴会。嫁さんは大変よ!
だけど、大きな家族が一堂に集まるって、それはそれはステキなこと。
日本の伝統としても守っていかなくてはと頑張ってきたけど、
今年は、母の死もあって、静かに過ごしたいって思ったんだ…。

母の死は、今年一番の大きな出来事だったかな…
正直、こんなにショックを受けるとは思わなかった…
強い母で、受け止めてくれない母だったけど、
それがゆえに、私は受容・共感を学び、
セラピストとして自立できたんだね。
亡くなって、感謝の気持ちを新たにしたね。

実は、ここで葛藤があったんだ。
親戚は親戚で、この集まりを楽しみにしている…
その気持ちも汲んであげたい…だけど、私としては、
気持ち的にも身体的にも40人の接待はムリ…
悩んだ末に、自分を優先させることにした…
自己犠牲的になるより、自分を休ませてあげること、
一時の快感より、
長い目でみてお互いにとってよい関係になれる方を選んだんだ…

だけどさ、何となく悪いなぁという罪悪感もあったりして…
主人の姉たちにも、やっと最近言った。それもね…
「ごめんね。1回パスしていい?」って…そう、私が加藤家に嫁いできて
40年間欠かすことなく続けてきた元旦の行事。

私もそうだけど、習慣化したものを変えて行動化するって大変だよね。
自分を優先させるには、ちょっとした勇気がいるね。

ま、主人の姉たちも二つ返事とはいかないまでもOK。
今度のお正月元旦は、私が初めて家族水入らずで迎えるんだ。 

だから、お正月は家族と、そして自分のセルフと一緒。

ただ、セルフ(大いなる自己)と一緒にいるって抽象的でしょ?
これを具体的にするための方法を今日は教えるね。
具体的に生活に違いができるようアクション・プランを立て、
日々実践すること。
例えば、今、次のようなことが考えられるね。

1.朝一番に、瞑想と15分間のウォーキングをする
2.身体にとってよいものを摂る
3.ストレッチやヨーガをする
4.1日に必ず一人、意識してほめてみる
5.歩くときに呼吸を感じながらゆっくり歩く
6.インターネットの利用を控えてみる
7.寝る前に1日を振り返って、自分が受け取ったものをノートに書く

どれも小さくて具体的なことでしょ?
たくさんのことをやる必要はないけれど、
自分が生き生きとする、または、
自分にとってプラスになりそうなものを
新しい習慣として取り入れてみるといいよ。

私の場合は、
1番の「朝一番の瞑想と15分間ウォーキングする」に決めたよ。

よく、みんなは、「自信が持てるようになればいい」、
「自己表現できるようになればいい」etc と言うけれど、
大きなことを達成するには、
まずこうした具体的な小さなことを実践してね。
そして、自分が達成できたこと、または、
それによって自分の習慣等に小さな変化が見られたことを
喜べるといいね。

どう? せっかくの年末年始休暇。
みんなもトライしてみない?

トライして、体験があれば、聞かせてね。

今週末はクリスマス、
昨日スカイツリーのあるソラマチに初めて行ったよ。
平井からJRで2つめの錦糸町で降りて
そこまで20分歩いて着きました。
これがスカイツリー。
634mだって、高いね。

スカイツリー

それに、ソラマチの正面玄関のクリスマスツリー。
きれいだったよ。

クリスマスツリー

最後に、みんなにお土産。クリスマスカードだよ。

クリスマスカード

クリスマス、おめでとう! よいクリスマスを過ごしてね!
祝福を送ります。

それでは、またね!
愛を込めて

こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

最近、『自分をえらんで生まれてきたよ』という本が話題になっているね。
赤ちゃんが親を選んで生まれてくるというテーマは
古くからたくさんあるけど、3才までは
生まれる前の記憶を覚えている子どもが多くいるよ。

私もね、お孫ちゃんに聞いてみたよ。
「なぜ、ママのところに生まれてきたの?」って。
そしたらね、
「空からママのこと見ていたら、ママがさみしそうだったんだ。
だから来たんだよ。
そしてね、生まれるとき、目の前に2つのボタンがあったんだ。
ママのボタンとおばあちゃんのボタン。
そのボタンをね、2つ一緒に押したら、ママのお腹の中に入ったんだ」てね…
おもしろいね!

実は、私も5,6年ほど前、中間世の夢を見たことがあるんだ。
中間世とは、魂のいる場所のことだよ。
夢の中の中間世は、御殿のような大きなお家でね。
その中に3つに仕切られた部屋があったんだ。
長い廊下が3つの部屋をつないでいるんだけど、
第1の部屋は、ビーカーやメスシリンダーといった実験道具や、
ありとあらゆるおもちゃがあるお部屋。
おもちゃで一番目を引いたのは観覧車。
ぐるぐる回る観覧車だよ。
観覧車はカルマ(原因と結果の法則、行為のこと)の象徴で、
おもちゃは、次の生でクリアにすべきカルマや課題のよう。
子どもたちはここで、次の転生でどのようなカルマを解消するか、
そして、どの程度解消するか(メスシリンダー)をしっかり決めて、
そのおもちゃを持って次の部屋に行く。

そして、次の部屋は待機場所なの。
次に生まれる自分の課題やカルマに合わせ、
それにふさわしいお父さんとお母さんを選んでいるの。
そして、課題であるおもちゃをしっかり持って待機しているところ。
幼稚園のような感じだったよ。
ちっちゃい赤ちゃんたちがたくさんいて遊んでいるの。

そして、最後のスペースでは…
お母さんが決まり、
体をもつ覚悟が決まると
長い廊下を通って、いよいよ飛行場へ!
いざ、お腹に入るために飛び立つ。
まっ黄色のヘリポートのような場所に立つと、
背中の羽をはばたかせ上空へ!
一人また一人と、天使のように自由に飛び立っていく。
たくさんの祝福と光に包まれて出発するんだよ。

子どもたちはみんな無垢でね、
本当に自由さと喜びと純真さに輝いていたよ。
これが、そのときの絵ね。

中間世
(絵:小林直子)

この夢の感じから現象界・人間界を眺めてみると、
人間界ではいろんなことが起こるけど、
深く深くとらえると、そこには中間世と同じような喜び、自由さ、
飛ぶような楽しさ、軽さにあふれているんだな、って今は思えるよ。
そして、自分でこの人生を選んだ責任もね!

今日は、これくらいにしておくね。
それでは、またね。

愛を込めて
こんにちは、加藤です。今日もお邪魔しますね。

怒りって、みんなはどんな体験ある?
こういう仕事をしていると感情って大切と思うことが多いけど、
特に、怒りは大変だよね。

私も、あまり怒りは感じないし、出さない方だと自分では思っているけど…。
今日は、怒りの体験をお話するね。

あるとき、ボランティアでお皿洗いをしていたのね。
頑張り屋の私は、腕まくりして、ビニール手袋持参で洗いまくったよ。
実際、汚いお皿の山、
早く片づけなきゃ。
そこに、スウェーデン人の女性がやってきた。

助かった…と思いきや、その人の身なりったら…
ふわふわのドレス、指にはすべて指輪がはまってキラキラ。
え、本当にお皿洗いに来たの?
洗い方も、お皿を指でつまんで、水にちょこちょこつけるだけ。

しかも、その女性が言うんだ。
「そのお皿、このコーナーに置いて」
小さなスペースを指差しながら、私に命令!
なんなのよぉ。とうとうドッカーン。
怒り爆発。怒りの炎に火がついた。

なんで、あなたの命令をきかなきゃいけないの。
たまったものではないわ。
何よ、その女王様のような態度は…
プンプン、プンプン…。
イヤなどす黒い怒りのうず。
赤い炎がメラメラ、メラメラ…。

でもでもでも、待てよ。
まずは、自分の気持ちをなんとかしなくちゃ。
深呼吸、深呼吸、深呼吸…。

でも、怒りは収まらない…。
呼吸、怒り、呼吸、「ちくしょう!」、呼吸、イライラ…。
気持ちは収まらない…。
意識して、自分の呼吸に焦点を合わせ…。
でも、怒りは持ちつつ…。

しばらくすると、落ち着いてくる。
落ち着いた分だけ、怒りも消えてくる。
呼吸、呼吸、呼吸…

少しして、自分の呼吸が楽だと感じられるようになると、
気持ちも穏やかに。

ふと、「このスウェーデン人のやりやすいようにお皿を置いてあげよう」という言葉が心の底から湧いてくる。
スウェーデン人が指定した場所にお皿を置いてみる。
うん、楽しい!!
まるで、恋人に花を贈るかのよう!!
とてもスイートな動作。
完全に無になってお皿を洗っている私。

そしたら、私の真後ろに、瞑想の先生が現れた。
いつもだったら、すぐ「きぁーきゅー」って瞑想の先生に飛びつくのに、
そのときは、お皿洗いに集中していて、心は完全に静か。
先生の顔を見て、すぐにまた、お皿洗いに戻る私。

怒りはね、時として正当な理由を伴って表れる。
でもね、それを主張したところで、怒りの連鎖になるだけなんだね。
「私のやり方」、「これが正しい」、「これが違っている」…永遠に続くんだ。
相手も何らかの正当な理由があって、それをしている。
この理解が大切だね。

そして、怒りは他人や環境とは関係なく、自分の中にあるんだよ。
何らかの出来事で触発されて出てくるもの。
癒されるために自らの中の怒りが出てくる。

もちろん、怒りを抑圧しなさい、と言っているんじゃないよ。
むしろ、怒りはエネルギーだからね、そのエネルギーが自分の中にとらえられるのはいいことだよ。肝心なのは、怒りを相手や誰か、または自分にぶつけるのではなく、もっと高いエネルギーを選ぶこと。
ここでは呼吸だったね。
そして、怒りは消えていく…。

私の体験も、呼吸の中に怒りを溶かすことで自分の状態を高め、対立でも議論でもない、スムースにお皿洗いができる環境へと変化していったんだよ。怒りのエネルギーは、それを認め、それに有を与えながら消し去ることができるんだよ。後に残ったものは、きれいになった私の大いなる自己(セルフ)だものね。

ちなみにね、お皿洗いが終わった後、
私、瞑想の先生に会ったときどんな顔していたんだろう、と思って、洗面台の鏡に自分の顔を映してみた。
そしたら、こんな笑顔見たことないと思うほど、
純粋で輝いていて、きれいだった。
次の絵は、その時の絵だよ。

Epson_0262_1_convert_20120809181548.jpg
(絵:秋谷真由美)

それ以来、私は自分の笑う顔に自信が持てるようになった。
自分の内なる大いなる自己の輝きに自信が持てるようになったよ。
そしてね、落ち込んでいるときも、鏡に自分の顔を映すと、必ず、目の奥に大いなる自己の輝きがあることを発見。消えることのない輝きをもらった体験でもあるんだよ。

みんなはこのブログを読んで、
怒りからの脱出方法をレポートに書いて提出ね(笑)
そして、実践するんだよ。

今日はここまでね。
それでは、また!
愛を込めて

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